2024年01月24日
「自分史」を書く人が気づかないこと…「オトナの文章入門」
定年後にいきなり「自分史」を書く人が気づかないこと…齋藤孝さんが教える「オトナの文章入門」
辰年は成長や飛躍の年といわれる。暗いニュースに塞ぎがちなときこそ、清新な気持ちで学び始めよう。達人たちの知恵を借りれば、いままで気づかなかった自分の「伸びしろ」がきっと見えてくる。
江戸で水道工事を生業にしていた松尾甚七郎という人物の名を聞いて、ピンと来る人は少ないだろう。「人生五十年」と言われる当時、40歳すぎで諸国をめぐる旅に出て、その後亡くなるまで好きな俳句に没頭した。
「芭蕉」の号で歴史に名を残した彼が『おくのほそ道』を脱稿したのは、51歳で亡くなるわずか半年前のことだった。
経済学者の野口悠紀雄氏(83歳)は言う。
「かつて日本には『人生の後半こそ、学びに没頭すべし』という伝統がありました。江戸時代には『算額』といって、絵馬に和算(数学)の解答を書いて奉納する文化があり、引退して子供に事業を任せた裕福な商人や町人のたしなみでした。
当時、こうしたことができたのは主に富裕層でしたが、いまは誰でも、望めば死ぬまで学び続けることができる。この稀なチャンスをいかさないのは大きな損でしょう」
勉強と聞くと、思わず顔をしかめてしまうかもしれない。だが本来「勉強」と「学び」は似て非なるもの。前者は他人のため、後者は自分のためにするものだ。野口氏が続ける。
「試験で点をとり、いい学校や会社に入る。若いときにする『勉強』は、そんなふうに他人が作った型の中で成功するための手段にすぎません。
いっぽうで『学び』、とくにシニアの学びの真髄は『ただ自分の楽しみのためだけに学ぶ』ことにある。私はこれこそ、人生でもっとも贅沢な時間の使い方だと思います」
年始からこれだけ天災や事故がつづくと、気疲れしてしまう。そんな時こそ、豊かな「独学」の世界へ足を踏み入れてみよう。丸まりがちな背筋も自然とのびて、爽やかな気持ちで遠くまで見渡せるようになるはずだ。
心の動きを記録する
では、何から手をつけるといいのか。手軽に始められるものとして、お勧めしたいのは「文章術」を身につけることだ。
いつかは回顧録や自分史を書きたい、という人もいるだろう。だが目標が大きすぎると、たいてい叶わずに終わる。まずは「小さく、気楽に始める」ことこそが何より肝心だ、と語るのは、『声に出して読みたい日本語』などの名著で知られる、明治大学教授の齋藤孝氏である。
「ビジネス文書以外を書いた経験がない人が文章を自由に書こうとすると、『書き出しはどうしよう』『起承転結を考えなきゃ』と書く前から考えこんでしまいます。そうした難しいことはいったん考えずに、見聞きしたことや感じたこと、思いついたことをメモする習慣をつけましょう。
ノートに手書きもいいですが、最近はスマホに必ず『メモ帳』アプリが入っていますから、私はそれを利用しています。
たまったメモをあとから眺めてみると、つながりが見えてきたり、『これは並べ替えたら原稿の雛形になるな』とわかったりします。家族や知り合いへ手紙やメールを書くときにも、話題の種になってくれるのです」
ただ、「思いついたこと」を書くといっても、それ自体が難しいと感じるかもしれない。そうしたときには「何かにコメントする」という気持ちで書いてみるのがいい。
「あらかじめテーマを考えて書こうとすると、それだけで疲れてしまいます。それなら、本を読んだら『いいな』と思った部分を引用し、なぜそこがいいと思ったのかコメントしましょう。
映画や音楽、テレビ番組、旅先で見た風景についてコメントするのでもかまいません。『すでにあるもの』について書くほうが書きやすいですし、自分が日頃なにを考えながら暮らしているのか、知るきっかけにもなります」
いい文章をどんどんまねる
いい文章を書くには、場数を踏むことが肝心だ。生涯で1000を超える名句を残した芭蕉のように、目にしたもの、心に浮かんだことを気負わず書き留める。それとあわせて齋藤氏が勧めるのは、いい文章をどんどんまねることである。
「家族や知人からのメールひとつとっても、参考になる言葉や表現は隠れていますから、いいなと感じたらメモをしておく。加えて、好きな作家の小説や古典を書写してみるのも、やってみると気持ちがいいものです。
たとえば私は、夏目漱石の『草枕』冒頭の一節が好きで、たまに書き写しています。
夏目漱石
〈智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る〉
漱石も言うように、自分の心が動いたときに文章は生まれる。そうした感動の瞬間をいかに作れるかが、いい文章を書くための第一歩でしょう」
ごく身近なところにも学びの種は埋まっていることを、まずは意識しよう。
「週刊現代」2024年1月13・20日合併号より
いい文章を書くには、美しい文字の書き方も
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